日本武尊と宮簀媛の愛の物語|名古屋市・成海神社の歴史・ご利益・見どころをご紹介

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目次

日本武尊を祀る成海神社とは

成海神社拝殿
拝殿

成海神社の由緒

成海神社は、朱鳥元年(686年)、天武天皇の御代に創建されたと伝わります。

草薙神剣の還座にともない、日本武尊の縁由によって鎮座され、以来1300年にわたり地域の人々に親しまれています。

かつては熱田神宮の東に位置していたことから「東宮大明神」とも称されました。

乙子山の豊かな自然に抱かれた社地は、長い歴史を刻む由緒ある神社です。

成海神社の歴史

成海神社御本殿
御本殿

成海神社の創建は、草薙の剣が熱田に戻されたことと深く結びついています。

天智天皇7年、新羅の法師・道行により神剣が盗まれる事件が起こります。
剣は後に取り戻されましたが、しばらくの間、朝廷に留め置かれました。

朱鳥元年(686年)、天武天皇が病に倒れると、占いにより「草薙の剣が宮中にあることが病の原因である」とされ、神剣は再び熱田の地へ戻されることになります。

『熱田大神宮御鎮座次第神体本記』によれば、神剣が熱田へ移される際、大宮や別宮をはじめとする諸社が経営されたと記されており、その中に成海神社が含まれています。

創建当初、成海神社は天神山のある字城のあたりに鎮座していましたが、室町時代の応永年間(1394〜1528年)、鳴海城築城にともない乙子山に遷座されました。

旧社地の天神山には現在、飛地境内神社の天神社が祀られ、例祭には御旅所に神輿が渡御し、扇川で「御船流神事(みふねながししんじ)」が行われます。

明治天皇の御東幸の際に、官幣使が奉幣の儀を斎行し、明治5年には郷社、昭和16年には県社へと昇格しました。

参考文献:『名古屋区史シリーズ 緑区の歴史』57,成海神社 p.121~122

御祭神

主祭神日本武尊
配祀宮簀媛命・建稲種命

日本武尊・宮簀媛命のご利益は?

成海神社は、日本武尊と宮簀媛命の夫婦神を祀り、縁結び・夫婦円満のご利益があるとされます。

使命を貫いた日本武尊と宮簀媛命の霊威により、心願成就・学業成就・商売繁盛・必勝祈願のご利益が授かるとされます。

三柱の神々の御神徳により、厄除け・安産・家内安全のご祈願ができます。

御船流し神事

扇川
扇川

成海神社では毎年10月第2日曜日、五穀豊穣祈願の例祭が行われます。
祭礼当日は、町内から山車が出て賑わいます。

神輿渡御では、成海神社から御旅所(天神社)、御井跡、扇川へと御神幸が進み、扇川では祝詞奏上の後、「天下泰平」「国土安穏」「疾病消除」と記された三枚の御船札を流す「御船流し」の神事が行われます。

この神事は、日本武尊が鳴海の地から東征へと旅立ったという伝承にちなんで行われます。
木片を船に見立てて扇川に流し、船出を再現しています。

成海神社境内の見どころ

  • 摂社東宮稲荷社
  • 奉納稲荷鳥居
  • だるま塚
  • さざれ石と境内の石
  • 五七桐竹紋
  • 手水舎
  • 池泉
  • 山車倉
  • 鎮守の森

摂社東宮稲荷社

東宮稲荷社稲荷神門
稲荷神門
摂社東宮稲荷社
摂社東宮稲荷社

境内にある東宮稲荷社は、朱塗りの鳥居が並ぶ参道の先にあります。

商売繁盛や家内安全のご利益があり、地元の人々に親しまれています。

奉納稲荷鳥居

神門をくぐると鳥居が連なり、東宮稲荷社へと導かれていきます。

奉納稲荷鳥居
奉納稲荷鳥居

だるま塚

本殿前、石段の左手に「だるま塚」があります。

毎年節分祭で、御祈祷を受けた方がだるまなど授与されます。

だるま塚には、前年のだるまや、厄落しのダルマ絵馬が納められています。

受験や試合、勝負事、体調の回復などまざまな願いがだるまに込められます。

だるま塚
だるま塚
だるま
だるま
miko

ずらりと並んだだるまさんは圧巻ですね!

さざれ石と境内の石

境内には大きなさざれ石と、変わった形の石があり、存在感を放っていました♪

成海神社さざれ石
成海神社さざれ石
手水舎の横にある大きな石
手水舎の横の石
成海神社境内の石
境内の石

成海神社神紋「五七桐竹紋」

成海神社の御神紋は、「五七桐竹紋」です。
「五七桐紋」に、神聖な竹を添えた神紋で、熱田神宮と同じです。

桐は気高さ、竹は清浄を象徴し吉祥の植物といわれています。
成海神社の神格と霊性を宿すしるしといえます。

拝殿前にある、お賽銭箱五七桐竹紋
お賽銭箱五七桐竹紋
成海神社手水鉢(水盤)五七桐竹紋
水盤
成海神社龍の彫刻と五七桐竹紋の鬼瓦
鬼瓦

手水舎

水盤には、冷たい水が満ちています。

成海神社手水舎
手水舎

池泉

成海神社池泉
池泉

山車倉

左側丹下町山車倉・右側北浦町山車倉
丹下町・北浦町山車倉
花井町山車倉
花井町山車倉

成海神社の西側に山車の倉がありました。

鎮守の森

鎮守の森
鎮守の森

神社の北側にまわると、気持ちよい風が吹き抜けていきます。
名古屋市の「あいち森と緑づくり税」を活用し、「里山林健全化整備事業」の一環として整えられているそうです。

成海神社御朱印とお守

延喜式内社・成海神社御朱印
成海神社御朱印

初穂料 300円(直書き)

身体安全御守・学業成就御守
身体安全御守・学業成就御守
交通渡航御守・安産守
交通渡航御守・安産守

アクセス情報

アクセスと基本情報

名称成海神社
住所〒458-0801 愛知県名古屋市緑区鳴海町乙子山85  >>地図を開く
電話052-891-2830
ホームページ成海神社ホームページ
御朱印
 駐車場無料駐車場100台
アクセス電車でのアクセス
名古屋鉄道名古屋本線「鳴海駅」下車、徒歩約10分
バスでのアクセス
名鉄バス 鳴海線(鳴子みどりヶ丘経由):「成海神社」停留所下車、徒歩約1分
名古屋市営バス 新瑞12系統・鳴子15系統:「花井」停留所下車、徒歩約5分
タクシー利用の場合
名鉄名古屋本線「鳴海駅」南出口からタクシーで約5分

成海神社の旧地

天神社入口には、日本武尊が宮簀媛を想って歌った石碑が置かれています。

〒458-0801 愛知県名古屋市緑区鳴海町矢切127-1 >>地図を開く

成海神社の御旅所(天神社)

天神社・成海神社御旅所竣工記念碑
天神社・成海神社御旅所
天神社
天神社
天神社境内
境内
日本武尊の歌塚
日本武尊の歌塚
天神社境内にある「史蹟鳴海城跡」の石碑
史蹟鳴海城跡

『名古屋区史シリーズ 緑区の歴史』には、城主・佐久間信盛(岡部元信退去後、信長の命により鳴海城の城主となる)を祀っていたのを譲り受けたと記されています。

成海神社の御旅所(おたびしょ)になっています。

参考文献:榊原邦彦著『名古屋区史シリーズ 緑区の歴史』第一章 鳴海 天神社 p.80

鳴海城跡公園

成海神社の旧跡地。

鳴海城跡公園は、戦国時代の城跡を残す公園として整備されています。

桶狭間の戦いで、鳴海城の守将・岡部五郎兵衛元信は、撤兵の条件として主君・今川義元の首級を信長に請い、開城したという逸話があります。

〒458-0801 愛知県名古屋市緑区鳴海町根古屋22-3 >>地図を開く

参考文献:『名古屋区史シリーズ 緑区の歴史』63,岡部元信 p.137

鳴海城跡公園
鳴海城跡公園
鳴海城跡公園内
鳴海城跡公園内

おわりに

5月に氷上姉子神社を訪れ、宮簀媛命という神様に心惹かれました。

その後、成海神社を参拝し、日本武尊の足跡をたどるうちに、神話や伝承に描かれた美しい物語が、身近にあることに驚かされました。

成海神社の創始は、日本武尊が携えていた草薙の剣が熱田に戻ったことに由来すると伝えられています。

尊と媛が鳴海の地に残した歩みは、人々の記憶となり、今も祈りの場として静かに語り継がれています。

日本武尊も、神話の中で英雄として語られる一方、迷い、嘆き、祈るひとりの人としての姿がありました。

草薙の剣にまつわる物語は、人を想う気持ちや、誰かを大切にする心の在り方を教えてくれているように感じます。

この物語が、皆さんの心に何かを届けるきっかけとなれば幸いです。

どうぞ成海神社を訪れて、この地に宿る歴史と祈りに、そっと心を寄せてみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考文献

著作 榊原邦彦『名古屋市史跡巡り一 緑区史跡巡り』令和3年10月14日発行 発行者 寺西貴史 発行所 中日出版株式会社
著作 榊原邦彦『名古屋区史シリーズ 緑区の歴史』昭和59年11月30日発行 発行者 生田良雄 発行所 愛知県郷土資料刊行会
著作 篠田康雄著『日本の神社シリーズ 熱田神宮』昭和43年8月15日発行 発行者 鶴岡阷巳 発行所 株式会社學生社
執筆 茂木 貞純 加藤 健司『神話のおへそ』平成24年2月20日初版発行 発行者 久保田榮一 発行所 株式会社扶桑社
執筆 松本 丘 『神社のおへそ「日本書紀」編』平成28年12月24日初版発行 発行者 久保田榮一 発行所 株式会社扶桑社
成海神社 https://narumi-jinja.or.jp/about/ 2025/5参照

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