見上げれば広がる空、足元に揺れる小さな草花。
なぜこれらの写真を撮り続けているのか――。
遠くへと旅をしなくても、美しい景色は、驚くほど身近なところにあるようです。
何気ない日常の断片に、時折、言葉では言い表すことのできない尊いものを感じることがあります。
雲間に神様の気配を感じたり、大地にかかる虹に感動したり。
そんな、ふと心が動かされる大切な瞬間を、ここに残そうと思います。
空が描く一期一会
同じ空は二度とないこと。
同じような雲や光は二度とあらわれません。
虹を見つけた時のうれしさや、夕暮れ時の空のグラデーション、雲間から現れる太陽に心を奪われます。
2025年7月 晴れ

ミミズが空を泳いでいました♪
2025年7月 曇り

雲が形を変えていきます。
瞬く間に大きな雲が太陽をおおいつくします。
雲のふちから光がこぼれていました。
2025年8月 晴れ

「神様いるね」と孫が教えてくれたので写真を撮りました。
子供の純粋な瞳には、本当に神様が見えているのかもしれません。
2024年7月 曇り

西の空 夕暮れ。
雲に夕日があたり黄金色に輝いていました。

金色の雲の中を見たくて拡大してみました。
神様いるかな?
2024年7月 小雨

夕ぐれ。南の空に虹がかかっていました。
西と南では空模様がかなり違っていました。

「大きな鳥が飛んでいるよ」と孫が教えてくれました。
2025年3月 晴れ

大きな白鳥が南の空へ飛んでいきます。
龍神様の気配
2025年11月 晴れ

生かされる尊さ
豊受大神宮にあらわれた畏れ多い気配の龍神様。
豊受大御神の荒御魂をお祀りする多賀宮でも、山を降りる大きなエネルギーが感じられました。
「自然とつながって」と心に響いてきます。
豊受大神宮へお参りに上がり、ただありがたい気持ちが込み上げ、今この瞬間に生かされている尊さが、何よりも代えがたいものに感じられました。
この心があらわれるような想いを、日々大切に持ち続けたいと思います。
雪の静けさ
2026年1月 雪

雲のあいまから、太陽が顔を出しました。
前日から降った雪がやさしく大地をおおいます。
しんしんと積もる雪が、まわりの音を静かに消していきます。
森に息づく木々
2025年11月 晴れ

名古屋市緑区にある新海池公園の森の中にある大きな木。根が上がっています。
新海池公園の森は、自然の姿を残す樹林地です。
森を育むための手入れが続けられ、昔から生きてきた木々が大切に守られています。

大切に保全されているこの森では、木々が互いに枝を触れ合わせないように成長する「クラウンシャイネス」という現象が見られます。
樹冠同士がわずかなすき間を保つことで、光を分け合いながら共存しているといわれています。
2023年7月 晴れ

大好きな呼続にある熊野三社のクスノキです。樹齢はおよそ500年になるといわれています。
お参りのあとには、いつもこのクスノキさんに、心の中で語りかけます。
先日、夜にお腹が痛くなり、ふとこのクスノキさんのことを思いました。
そして「そばにきてもらえますか」と心の中でお願いしてみたのです。
すると、不思議なことに気持ちが落ち着き、痛みもやわらいで、そのまま安心して眠ることができました。
「このクスノキさんとは、目に見えない何かでつながっている」——そんな気がしました。
草花のいのち
春になるとかわいい草花が咲き誇ります。
2019年4月 晴れ

2019年4月

2019年4月

2018年4月 雨


雨あがりに、芝生の中からかわいいキノコがニョキニョキ顔をだしました。
2025年10月 晴れ

三角コーンのてっぺんから、ひょっこり顔を出す草。
言葉はなくても、そこからは懸命に生きる力が伝わってきます。
光を求めて伸び、障害物を避けて曲がり、わずかな隙間からでも芽を出します。
その姿に、「生きようとする力」を感じます。
そう感じるのは、日本的な感性ゆえかもしれません。
与えられた場所で、ひたむきに生きる。
それは人も同じなのだと思います。
mikoみんな頑張っていますね♪
小さい虫たち


公園で見つけた、ツヤツヤの脱皮したばかり?のテントウムシ。


公園のシジミチョウ。


熱田神宮境外末社の朝苧社(あさおしゃ)東姥神の森にいたコガネムシ。
街を流れる川


散歩中に出会った、かわいい置物たち。
2025年月10月 晴れ


川と共に生きる鳥たち
2025年12月 曇り
庄内川を歩いてみました。中洲にはゴルフ場があるようです。


庄内川と矢田川の合流地点。
浅瀬でサギやカワウが集まっていました。
カワウと人の歴史
ここからは、カワウについて少し触れてみたいと思います。


カワウは、人とともに暮らしてきた身近な鳥です。
『古事記』には、神の誕生に際し、産屋の屋根を鵜の羽で葺いたという神話が記されています。
そこから生まれたのが「天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)」です。
渚に建てた産屋の屋根を鵜の羽で葺き終えないうちに誕生したことから、この名が付けられたと伝えられています。
この神は神武天皇の父神にあたり、こうした神話からも、カワウと人との深い関わりが古代から続いてきたことがうかがえます。
また、カワウは自然の循環の中でも大きな役割を担ってきました。
営巣地に積もるフンは窒素やリンを豊富に含み、貴重な肥料として農業を支えてきたのです。
それは、川や海の栄養を陸へと運ぶ「生命の循環」の一端でもありました。
しかし、高度経済成長期には水質悪化などの影響で個体数が減少しました。
近年は再び増加傾向にあるものの、水辺や森林の開発が進んだことで生息環境は大きく変化しています。
人の生活圏と重なり合うようになった結果、フンによる樹木の枯死や漁業への影響が問題視され、かつてのような身近な存在から、しだいに敬遠されるようになりました。
このようにかつて共に生きてきたカワウと、これからどう関わっていけばよいのでしょうか。
自然環境が大きく変わった今、私たちは動物たちとの向き合い方をあらためて考える時期に来ているのかもしれません。
人間は動物や植物を簡単になくすことができます。けれど、失敗を繰り返しながらも、同時に守ることもできます。
人の営みと自然は切り離せないものだからこそ、共に生きる道を模索していくことが、これからの私たちに求められる課題なのではないでしょうか。
カワウの姿は、そんな問いを静かに投げかけているように感じました。
まとめ
特別な場所へ行かなくても、心を動かす風景は、いつもすぐそばにあります。
日々の中でふと立ち止まると、自然はさまざまなことをそっと教えてくれます。
何気ない日常の小さな気づきが、私たちの心を豊かにしてくれるのかもしれません。
これからも、そんな「心うごかされる身近な風景」を大切に見つめていきたいと思います。





