「前へ進みたい――」
そう願いながら、ふと歩みを止め、自分の進む道を見つめ直すことがあります。
心が揺れ、自分の気持ちがわからなくなることは、誰にでもあります。
そんなときは、滋賀県近江八幡市にある賀茂神社を訪れてみてはいかがでしょうか。
賀茂神社には、神武天皇を熊野から大和へと導いた八咫烏(やたがらす)の化身、賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)が祀られています。
人生の節目や迷いのなかで、進む道を示し、良い方へと導く神様として、古くから信仰を集めてきました。
また、陰陽道の祖とされる吉備真備(きびのまきび)が、この地を「国の中心」と定めて社を創建したと伝わります。
さらにこの地は、日本最古の国営牧場が置かれた場所であり、「馬の聖地」としても知られています。
境内の奥へと歩みを進めると、「御猟野乃杜(みかりののもり)」が静かに姿を現します。
この杜には大地の気が満ち、訪れる人をやさしく包み込む、生命力あふれる森が広がっています。
本記事では、賀茂建角身命がもたらす“導き”の意味と、吉備真備がこの地に込めた陰陽道、そして馬との深い絆など、賀茂神社の魅力をひもといていきます。
賀茂神社に宿るスピリチュアルな魅力に触れながら、自分の進む道をそっと見つめ直してみてはいかがでしょうか。

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賀茂神社とは

国を救うため、陰陽道によって選ばれた賀茂神社
賀茂神社は、奈良時代の天平8年(736年)、聖武天皇により創建されたと伝わります。
当時の日本は、干ばつや疫病が相次ぎ、社会不安が広がる困難な時代でした。
国難を憂いた聖武天皇は、信頼を寄せていた吉備真備に、厄災を鎮めるための勅命を下します。
唐で学問を修め、朝廷に仕えた吉備真備は、陰陽道を尽くしてこの地を見定めました。
天からは光の柱が降り注ぎ、地からは気が湧きあふれるこの地を「国の中心」と定め、賀茂大神を迎えて社が築かれたといわれます。
こうしてこの地は、国を鎮め、災厄を和らげる祈りの場となっていきました。
社殿が裏鬼門を向く理由

聖武天皇の命を受けて創建された賀茂神社には、他ではあまり見られない特徴があります。
それは、本殿が向いている「方角」です。
一般的に神社の社殿は、陽の光を受ける「南向き」に建てられることが多いといわれます。
しかし、賀茂神社の社殿は、災いが入りやすいとされる「南西(裏鬼門)」を正面に据えています。
これは、災厄の流れを食い止め、封じるためだと伝えられています。
陰陽道に通じた吉備真備は、国を乱す災いの気を整えるため、この方位を選び定めたといわれます。
南西を向くことで、災いを避けるのではなく、あえてその通り道に向き合い、乱れた気を整える――そんな陰陽道の思想が込められていたのでしょう。
陰陽の調和を重んじ、乱れを整えることで国の安泰を願う。
吉備真備の陰陽思想は、社殿の向きにも表れています。
以来、賀茂神社は災害や疫病を除ける神社として、人々の信仰を集めてきました。
賀茂神社の御祭神

| 御祭神 | 御神徳 |
|---|---|
| 賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと) | 八咫烏(やたがらす)となり神武天皇を導いた神。人生の導き、勝利への導き、方除、厄除の神 |
| 賀茂玉依比賣命(かもたまよりひめのみこと) | 賀茂建角身命の娘神。丹塗矢の神話により賀茂別雷命を産んだ母神。子授け、安産、縁結びの神 |
| 賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと) | 玉依比賣命の御子神。雷の神。五穀豊穣、農業の神 |
| 火雷命(ほのいかづちのみこと) | 火と雷の力をあわせ持つ神。雷封じ、鎮火や祈雨の神 |
賀茂建角身命とは?

八咫烏として神武天皇を導いた賀茂建角身命
鴨縣主。賀茂縣主と同じ祖、神日本磐余彦天皇(諡 神武)中洲に向でまさむと欲しし時、山中嶮絶しくて、跋渉失路。是に、神魂命の孫、鴨建津身命、大なる鳥と化如りて、翔飛り導き奉りて、遂に中洲に達りたまひき。時に、天皇、其の有功を喜でたまひて、特に厚く褒賞めたまひき。八咫烏の號、此れより始れり。
出典:『神話のおへそ 古語拾遺編』神武天皇の東征と祭祀『新撰姓氏録』『山城国神別』よりp.202
賀茂建角身命は、神武天皇が東征された際に、大和への道を案内した八咫烏と同一視される神様です。
『新撰姓氏録』『山城国神別』によれば、神武天皇が険しい山中で道を見失ったとき、賀茂建角身命が大きな烏となって現れ、先導したと伝えられています。
これが八咫烏の名のはじまりです。
神話に描かれるその姿は、力で道を切り開く神ではありませんでした。
天から遣わされた八咫烏は、進むべき方向を示す存在として現れます。
熊野から大和へ至る道は、深く険しい山々が続く難路でした。
一行が混乱の中にあったとき、八咫烏は空を翔け、上空から行く先を示しました。
地上の迷いに巻き込まれず、全体を俯瞰する視点から進むべき道を見極める――
そこに、賀茂建角身命の「導き」の本質があるように思われます。
そして、目的地へたどり着くと、八咫烏の姿は物語から消えます。
自ら手柄を誇ることなく、役目を終えたあとは静かに退く。
その導きにより、神武天皇は自らの足でその先へと進むことができました。
内なる答えを導く神・賀茂建角身命
賀茂建角身命は、神話の中で決して主役として描かれる神ではありません。
その姿は、戦いの神でもなく、先頭に立って道を切り開く英雄でもありません。
混乱の中で全体の流れを見極め、勝機へと導く神。
八咫烏が空から道を示したように、その導きの本質は、「視点を整える」ことにあるのだと思います。
神武天皇が熊野の山中で道を見失ったとき、八咫烏は必要なときにだけ姿を現し、役目を終えると静かに消えていきました。
この「現れては消える」存在は、「常にそこにあっても、常に見えるわけではない」内なる霊性のあらわれなのかもしれません。
普段は不安や雑音にかき消されていても、無心で目の前のことに向き合ったとき、それは直感や閃きとなって姿を現すのではないでしょうか。
神武天皇もまた、天の導きを信じ、自らの足で困難を乗り越えていきました。
人は迷うとき、どうしても目の前の障害に心を奪われ、本来の目的を見失います。
けれど、視線を上げて見渡すことができたなら、進むべき道は定まっていくのではないかと思います。
賀茂建角身命の導きは、強く背を押すものではありません。
心が揺らぎ、恐れや不安で視界が曇るとき、内にある思いに気づかせてくれる力です。
正しい道を歩み始めたとき、その歩みを静かに見守ってくれる。
控えめでありながら、確かな守護の存在。
立ち止まったとき、ふと視線を上げるきっかけを与えてくれる存在。
それが、賀茂建角身命が授けてくれる「導き」なのだと思います。
miko現代でも、控えめで力強い八咫烏のような方が、きっとたくさんいらっしゃるかもしれませんね♪
八咫烏の精神を宿す「現代の導き手」
表舞台に立つことはなくても、その人がいるだけで場が整い、気づけばみんなが前を向いている。
そんな「現代の八咫烏」ともいえる、究極のサポート役があなたの周りにもいるのではないでしょうか。
| タイプ | 導きのスタイル |
|---|---|
| 参謀 | リーダーの右腕となり、確かな視点で道筋を示し、現状を整理してくれる。 |
| 監督 | 現場の調整役として、混乱を防ぎ、ときに勇気ある冷静な判断を下す。 |
| カウンセラー | 寄り添って耳を傾け、問いを通して本人の気づきをそっと引き出す。 |
世界は、表舞台に立つ人だけで動いているわけではありません。
そっと支え続ける人たちの存在があってこそ、私たちの毎日は成り立っています。
そんな存在こそ、八咫烏の精神を宿した“現代の導き手”なのだと思います。



お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。あるいは学校の先生。身近なところにも、たくさんいらっしゃいますね♪
賀茂神社のご利益
- 災厄封じ・方除け・鬼門除け
陰陽道に基づく社殿配置により、災厄除けのご神徳があると伝えられています。 - 人生の教導
人が進むべき道を示す「導きの神」として信仰されています。 - 馬・競馬・乗馬の守護
日本最古の国営牧場設置、「馬の聖地」として、競馬関係者や乗馬愛好家から篤い信仰を集めています。 - 縁結び・子授け・安産の守護
賀茂玉依比賣命のご神徳により、家庭円満や子どもの健やかな成長を願う参拝者が多く訪れます。
賀茂神社はなぜ「馬の聖地」と呼ばれるのか?


日本で最古の国営牧場
今から約1300年以上前、天智天皇はこの地に牧場を置かれたと伝えられています。
663年、白村江(はくすきのえ)の戦いで日本が唐・新羅連合軍に敗れると、天智天皇は西海の防備を固め、国の体制を整えました。
そのなかで、騎馬戦力の充実を図るため、馬の繁殖と調教を担う牧場を全国三か所に設けます。
その一つがこの賀茂の地であったといわれます。
以来、この地は馬とともに歴史を重ね、「馬の聖地」として大切に守られてきました。
馬神事などの伝統が受け継がれ、平成30年には、馬との絆を次世代へつなぐ拠点として「御猟野乃杜牧場(みかりののもりぼくじょう)」が誕生しています。
牧場では、日本在来馬である木曽馬の生産や調教を行い、馬神事の復興支援など、日本の馬文化を未来へとつなぐ取り組みが続けられています。
賀茂神社は、馬の健康と安全を祈り続けてきた社として、馬を愛する人々の心を支えています。
「馬の聖地」で馬と触れ合う
賀茂神社の鎮まるこの地では、乗馬体験(事前予約制)も行われています。
馬の温もりに触れながら、この地の歴史をより身近に感じてみてはいかがでしょうか。
※詳細は「御猟野乃杜牧場(0748-43-0410)」へお問い合わせください。
参考文献:賀茂神社「馬上武芸奉納祭」パンフレットより
午年と賀茂神社のご縁
2026年は、十二支の「午(うま)」にあたる年。
午は勢いと成長の力が高まる干支とされ、新しい挑戦や飛躍を後押しするといわれています。
古くから馬と深い縁を持つ賀茂神社にとっても、午年は特別な巡り合わせの年。
午年には、馬の力強いエネルギーにあやかろうと参拝する人も多いといわれています。
馬の聖地とも呼ばれる賀茂神社で、古くから受け継がれてきた馬の神事に触れながら、午年ならではの特別な気を感じてみてはいかがでしょうか。
賀茂神社の祭事


千年の時を駆け抜ける、伝統の蹄音
賀茂神社では、現在も年間約70もの祭典が執り行われています。
創建以来、皇室や武家、そして地域の人々に支えられながら大切に受け継がれてきました。
いまは吉備真備の子孫である岡田家の方々が、その伝統を守り伝えています。
なかでも、5月の「賀茂祭」で奉納される競馬神事「足伏走馬(あしふせそうめ)」には、その迫力をひと目見ようと多くの参拝者が訪れます。
馬の蹄の音が境内に響き渡る光景は、平安時代の変わらぬ伝統を感じさせてくれます。
その迫力ある光景は、まるで平安の昔へと時がさかのぼったかのような感覚を覚えさせてくれるでしょう。
人々の祈りとともに、馬が駆け抜けてきたこの大地。
その力強い足跡は、誇り高き伝統を絶えることなく未来へとつないでいきます。
馬の神事
| 時期 | 神事名 | 内容 |
|---|---|---|
| 正月 | 乗初式(のりそめしき) | 全国の馬・競馬・乗馬に関係する方々の安全祈願大祭 |
| 5月 | 足伏走馬 | 平安時代から続く競馬神事 |
| 11月 | 馬上武芸奉納祭 | 流鏑馬、馬上舞、馬上演武、競馬 |




競馬は「出馬の木」から約400メートルの境内馬場を2頭で走り、「勝負の木」で勝敗が決まるといわれています。
賀茂神社のパワースポット




祭祀跡 祈りの齋庭
出典:祭祀跡 祈りの齋庭案内板より
奈良時代、聖武天皇は国難を憂い 吉備真備に命じ、陰陽道にて日本中心として当地が選ばれ、天より光の柱が降り注ぐ地と言われます。
小さな二つ山になっており、頂上を線で結ぶと東西が真中と本殿を結ぶと南北をさします。
古来より、天地八百万の神々の恵みに感謝する齋庭で日本の「気」を発すると言われます。大自然の霊威を戴き、神々のお導きをお受け下さい。
齋庭(ゆにわ)とは?
神事の際に祓い清められ、神々をお招きしお祀りする神聖な場所を指します。
御猟野乃杜とは




神社の境内の奥へと足を踏み入れると、そこには明らかに空気の異なる、深く静かな森が広がっています。
その森こそが「御猟野乃杜」です。
かつて、人々が自然と調和して暮らしていた平和な時代がありました。
あらゆる万物に魂が宿ると考えられていた縄文時代のアニミズム。
その太古より続く祈りが、今もこの杜には息づいています。
山や森、石や風にまで神を見いだしてきた古代の人々は、自然の中に神や霊魂の気配を感じ、畏れと感謝を捧げながら生きてきました。
この場所に立つと、日本人の精神の奥底に眠るその感覚が、そっと呼び覚まされるようです。
奈良の古より、この杜は馬と深いゆかりを持ち、その御霊が集い、天へと昇る場所といわれています。
生命への畏敬が静かに刻まれ、生きとし生けるものを包み込む、やわらかな気配に満ちた杜。
その静けさに身を委ねると、万物を敬い、八百万の神々を慈しんできた日本人の感性が、胸の奥で静かに深まっていくのを感じます。
参考文献:著者 新野哲也 『縄文の奇跡』第2章神話と神道 p.81~p.86
参考ウエブサイト:御猟野乃杜 賀茂神社『馬たちへの想い』
https://kamo-jinjya.or.jp/pages/12/
賀茂神社境内


拝殿


賀茂神社の拝殿は、素朴さと端正さが美しく調和し、長い年月を経た木の質感がそのまま息づいています。
背後に広がる杜を受けて、深く張り出した屋根が柔らかな陰影をつくり、参拝者をやさしく迎えてくれます。
社殿は、本殿と拝殿が通路によって分かれた独特の構造を持ち、拝殿で祈りを捧げたあと、横へ回って本殿へも参拝できるようになっています。
連理の真榊、産霊社(むすびのやしろ)
「連理の真榊」と「産霊社」は、縁結び・子授け・安産・夫婦円満の神として信仰されています。


「連理」とは、別々の木が成長するうちに枝や幹が結び合い、一つになることを表す言葉で、古くから夫婦や良縁の象徴とされてきました。
仕事のご縁や商売繁盛、医師との良縁、良薬との出会いなど、さまざまな「結び」を願って参拝する人も多いといわれます。
病気平癒を祈る人や、大切なご縁を願う人が静かに手を合わせる場所となっているようです。


案内には、「大神は産霊の霊威を顕す神ともいわれ、その霊威が連理の真榊として顕れた」と記されています。
産霊(むすび)とは、万物を生み、結び、育てるはたらきのこと。
二本の榊がひとつに結ばれた連理の真榊は、その力を象徴する存在といえるでしょう。
この地に祀られる御祭神は、雷神として知られる賀茂別雷神です。
雷は、ときに激しい火をもたらしますが、同時に雨を呼び、大地を潤し、実りを育む力があります。
現代科学でも、雷の放電エネルギーが化学反応を促し、生命の材料となるアミノ酸を生み出す可能性が示されています。
肥沃な土壌に雷が落ちるとき、そこに眠っていた物質が結びつき、新たな命の兆しが生まれる。
その姿は、まさに産霊のはたらきを思わせます。
産霊社のそばに立つ霊木・櫧(かし)には、昔、雷が落ちたと伝えられています。
この地に満ちる霊威の強さを物語る出来事といえるでしょう。
また、ここは邇邇芸命の宮「瑞穂の宮」とも伝えられ、水田耕作の始まりの地ともいわれています。
雷と雨は古くから稲作と深く結びつき、田に雷が落ちる年は豊作になるとも語り継がれてきました。
天と地を光の柱で結び、眠っていた生命の可能性を呼び覚ます力。
その産霊のはたらきは、人と人との縁をも結び、新たな命や実りを生み出します。
連理の真榊が示すように、この地に祀られる大神は、あらゆる「縁」を結び、産み出す神なのかもしれません。
参考文献:著者 藤井一至 『土と生命の46億年史』第2章生命誕生と粘土p.48~p.56
御旅所


御旅所(御生所)
出典:御旅所(御生所)案内板より
賀茂神社の大祭「賀茂祭」において、大神が渡御をされこの地で森厳なる霊威をお受けになられ神が御休息される地であります。
ここには一年の内に二度だけ賀茂大神が鎮まられます。
霊威の顕れる地であり、奥の四本の榊は賀茂大神の荒魂が宿っていると言われます。
この杜の御旅所の奥には、神が宿る榊が立っています。
清らかな木々を依代としてきた日本古来の祈りがこの森に息づいています。
不動堂


ご本尊の大日如来と五大尊がお祀りされています。
大日如来とは密教の本尊であり、宇宙と同一であり、その光明は世界をあまねく照らし出すという有り難い仏であり、また五大尊とは五大明王のことです。
出典:不動堂案内板より
中央に位置する不動明王
東方に位置する降三世明王
南方にいちする軍荼利明王
西方に位置する大威徳明王
北方に位置する金剛夜叉明王をさしています。
賀茂神社の見どころ






















霊木、櫧(かし)の木は、むかし雷が落ち、空洞化したとわれています。
霊木の胎内くぐりをされる方が、近年多くいらっしゃるそうです。
生命力あふれるこの木からはとても強いパワーが感じられます。
賀茂神社の御朱印


素敵な御朱印です♪ありがとうございました。
賀茂神社基本情報


| 名称 | 御猟野乃杜 賀茂神社 |
| 住所 | 〒523-0058 滋賀県近江八幡市加茂町1691 >>地図を開く |
| 電話番号 | 0748-33-0123 |
| 御朱印 | 有 |
| 駐車場 | 無料駐車場 |
| アクセス | 公共交通機関 JR近江八幡駅からバスと徒歩で約30分 車でアクセス 竜王ICから約30分 |
まとめ
奈良時代、国難に揺れる日本を救うため、吉備真備が、陰陽道をもとに創建したとされる賀茂神社。
この地は、国家の安寧と人々の平穏を祈る場として選ばれた場所とされています。
また、ここは日本最古の国営牧場が置かれた地でもあり、古くから「馬の聖地」として知られてきました。
その歴史は、勇壮な馬の神事「足伏走馬」をはじめとする祭典へと受け継がれています。
杜の奥に広がる御猟野乃杜には、静かで清らかな空気が満ち、訪れる人の心をそっと癒してくれます。
祀られているのは、賀茂建角身命をはじめ、万物を生み出す「産霊」の霊威を宿す神々。
人生の節目や新たな一歩を踏み出したいとき、進むべき道を静かに照らしてくれるでしょう。
古より祈りが息づくこの杜で、心を整えるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。





