伊勢神宮を訪れる人々が「ここだけは外せない」と足を運ぶ神社があります。
それは神宮のほど近くに鎮座する、みちひらきの神・猿田彦大神を祀る「猿田彦神社」です。
人生の岐路に立ち、どの道を進むべきか迷ったとき、ぜひこの神社を訪れてみてください。
猿田彦大神が、迷う私たちを良い方へと導いてくださいます。
猿田彦大神は日本神話で、道を示す重要な役割を果たした神様です。
古来より、人生の転機を迎えた人々が、確かな「みちひらき」を求めて祈りを捧げてきました。
また境内には、天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祀る「佐瑠女(さるめ)神社」もあり、芸能や良縁を願う多くの人々を惹きつけてやみません。
本記事では、方位石や御神田といった境内の見どころやご利益はもちろん、「猿田彦大神とはいかなる神なのか」「なぜ人生の転機にこの神社を訪れるのか」その理由についても紐解きます。
この記事が、猿田彦神社を訪れる際の参考になれば幸いです。
猿田彦大神のことは、椿大神社の記事でも詳しく紹介しています。あわせてチェックしてみてくださいね♪

猿田彦神社について
猿田彦神社の御由緒

猿田彦神社
御祭神 猿田彦大神(主神)
大田命(相殿)猿田彦大神は天孫瓊々杵命をこの国に御案内された後、ここ伊勢の狭長田五十鈴川の川上の地を中心に国土開拓・経営につくされた地主神と伝えられています。また大神の御裔の大田命は、皇女倭姫命が神宮御鎮座の地を求めて巡歴されたときに大神以来護り続けてこられた聖地を献り、伊勢の神宮が創建されました。当社はその直系の子孫が祖神を祀ってきた神社であります。
引用:猿田彦神社由緒案内板より
猿田彦大神は、古来より人々を良い方へ導く“みちひらき”の大神として崇敬されてきました。
境内には天宇受売命を祀る佐瑠女神社が鎮まり、芸能・技芸上達の守護神として全国から信仰を集めています。
また、猿田彦大神の直系で宇治土公家が代々宮司を務め、祖神を祀ってきたといわれます。
猿田彦神社御ご利益
- みちひらき
- 開運・事業開運
- 仕事運・転職運・商売繁盛
- 良縁
- 交通安全・旅の安全
- 方位除け、厄除け
猿田彦大神とは

『古事記』や『日本書紀』では、天孫降臨の場面で、猿田彦大神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を高千穂へと導いたことが語られています。
その際、天と地の境にある天の八衢(あめのやちまた)に立ち、分かれ道で行く先を示す役割を担ったとされていす。
日本書紀の天孫降臨の章では、猿田彦大神の姿が以下のように記されています。
皇孫が降られようとしていると、先駆の者が戻って来て、「一人の神が天の分かれ道(天八達之衢)におります。鼻の長さは七咫、座高は七尺余りですから、背丈は七尋でしょう。口の端は照り輝き、目は八咫鏡のようで、輝きは酸漿に似ています。」と報告しました。
出典:『神話のおへそ 日本書紀編』第3章「国譲り」と天孫の天降り(天孫降臨の章)【一書(第一)】p.147~p.148
続けて遣わされた神々も、その眼力に打ち勝つことはできませんでした。
その威光は、上は高天原(たかまのはら)を、下は葦原中国(あしはらのなかつくに)までも照らしたと伝えられます。
まさに神威に満ちた姿として語られています。
miko七咫は約126cm、七尋は約12.6mともいわれます。鼻の長さも背丈も神話ならではの圧倒的なスケールですね!
岐神(ふなとのかみ)としての役割
天孫が降臨する以前、大己貴神(おおなむちのかみ/大国主命)は、高天原からの使者の要請に応じて国土を譲る「国譲り」を行いました。
この場面で、猿田彦大神は岐神として重要な役割を果たします。
天照大御神は、地上の統治を皇孫に委ねるため、経津主神(ふつぬしのかみ)と武甕槌神(たけみかづちのかみ)を使者として大国主命のもとへ遣わしました。
二柱の神を迎えた大国主命は、御子神の交渉や力比べを経て、壮大な宮殿を造ることを条件に国譲りを承諾し、政事(まつりごと)を皇孫に委ねる意思を示します。
その際、大国主命は、岐神である猿田彦大神を、国平定の先導役として推薦しました。
こうして猿田彦大神は、経津主神とともに国中を巡り、国土を整えたと伝えられています。
参考文献:『神話のおへそ 日本書紀編』第3章「国譲り」と天孫の天降り【一書(第二)】p.149~p.150より


岐神の誕生
『古事記』では、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から帰還し、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(あわぎはら)で禊祓(みそぎはらえ)を行った際に、神々が誕生したと記されています。
最初に投げ捨てた御杖から成った神の名を衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)といいます。
『日本書紀』の岐神と同じといわれています。
その後、身に着けていた物を脱ぐことで十二柱の神々が生まれ、最後に天照大御神・月読命・建速須佐之男命の三貴子が誕生しました。
御身を水で濯ぐことから生まれた神々です。
一方『日本書紀』では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉の国から逃げ帰り、泉津平坂(よもつひらさか)において千人所引の磐石(ちびきのいわ)で坂道を塞いだとされています。
その際、伊弉冉尊(いざなみのみこと)に向かって「ここからこちらの世界には来るな」と告げ、投げられた杖が神となり、岐神になったと語られています。
「くるな」という言葉には、村に侵入する疫神や悪霊などの穢れを塞ぎとめる、呪術的な力も帯びていると考えられています。
日本の民間信仰では、岐の神(くなと、くなどのかみ)として道の分岐点や村の境に祀られ、魔除けや交通安全、牛馬の守護などを担う存在として信仰されています。
参考文献:『神話のおへそ 』禊祓によって最も尊い三柱の神が誕生p.52より
『神話のおへそ 日本書紀編』天照大神のご誕生【一書(第六)】p.68より
境界に立つ光 ― 猿田彦大神の導き
『日本書紀』に描かれる岐神の姿は、死者を退けるというよりも、生と死の世界を分かち、秩序を保とうとする働きが感じられます。
この神話での境界は、異なる世界が混じり合わないように保つための仕組みと考えられます。
生と死、清浄と不浄、日常と異界。
これらが分けられることで、世の中の安寧が保たれると考えていたのではないでしょうか。
それぞれの世界が互いに混じり合わないよう、本来の領域に保つこと。
それが岐神に託された重要な役割だったのだと思います。
境界を守り、秩序を保つ姿は、人々の安全を守り、正しい道へ導く猿田彦大神の性質とも重なります。
天の八衢で天孫を待っていた猿田彦大神の姿は、何者も寄せつけないほどの圧倒的な力を放っていました。
その姿はまさに境界を守る岐神そのもののように感じます。
境界に立つ神は、魔を退けるだけでなく、人が迷わず進むための「正しい方向」を示す存在でもあります。
猿田彦大神は、世界の秩序を保ち、人が迷わぬよう「道」を照らし続けています。
その光は今も人々に寄り添いながら、みちひらきの神として私たちを見守ってくれているようです。
天宇受売命とともに伊勢へ帰還
天孫降臨の任を終えた猿田彦大神は、天宇受売命とともに、本拠地である伊勢の狭長田(さながた)・五十鈴川の川上へ帰還しました。
猿田彦大神はこの地を中心に、全国各地の開拓に尽力されました。
伊勢神宮創建に関わる大田命
倭姫命が天照大神のお鎮まりになる地を求めて、御巡幸を続けていた際、猿田彦大神の末裔にあたる 大田命が倭姫命のもとを訪れました。
倭姫命が、「良い宮処(みやどころ)はあるか」と問うと、大田命は猿田彦大神が聖地として開拓された五十鈴川の川上にある宇治の地をすすめられました。
このとき大田命は、「宇治の五十鈴川の川上は、日本国内の中でもすぐれた霊地です。そこにはまだ見知らぬ霊物があり、その照り輝くさまは太陽や月のようです」と申し上げました。
倭姫命がその地を訪れると、天照大神にゆかり深い霊物が残っており、大いに喜ばれました。
こうして、倭姫命はこの五十鈴川の川上が天照大神をお祀りするにふさわしいと定め、現在の皇大神宮(内宮)を創建されました。
参考文献:『神話のおへそ』特別編 倭姫命巡幸の地を行く 大神が御鎮座を願われた美しき伊勢の地 p.300
参照WEBサイト:https://www.sarutahikojinja.or.jp/about/ 猿田彦神社の歴史・由緒より
猿田彦神社で祈願できること
猿田彦神社では、みちひらきをはじめ、家内安全や商売繁盛、交通安全、厄除け、方位除、合格祈願、安産祈願、心願成就、開運などの願いを祈願することができます。
猿田彦大神がみちひらきの神であることから、人生の転機にある人がこの神社を訪れています。
なぜ人生の転機に猿田彦神社を訪れるのか


人生の転機に猿田彦神社を訪れるのは、この地に先を見通し、新しい時代を切り拓いていく「みちひらきの力」が満ちているからです。
猿田彦大神は神話の時代、伊勢を中心にして国を開拓されていきました。
人々はその伊勢の地に、単なる幸運を願うためでなく、迷いを断ち切り、次に進む「確かな方向性」を得るためにこの地に足を運ぶのでしょう。
伊勢の成り立ちに刻まれた「みちひらき」の功績
古くから「みちひらきの神」として信仰される猿田彦大神は、日本神話の天孫降臨において、分かれ道に立ち、天孫が進む方向を指し示した神様です。
この「みちひらき」は、神社が鎮座する伊勢の地の成り立ちにも深く関わっています。
かつて大国主命が天つ神に国を譲った後、猿田彦大神は「岐神」として国を整え、天孫を案内した後も伊勢に戻られ、国を開拓されました。
その後、大神の末裔である大田命が、五十鈴川の聖地を倭姫命に献上したことで、伊勢神宮が創建されたと伝えられています。
これは伊勢という特別な場所をあらかじめ整えておく役割を、大神が担っていたのではないかとも考えることができます。
このように大神の新しい時代を切り拓くエネルギー「みちひらきの力」が、猿田彦神社に今も息づいています。
境内で体感する「道を見つめ直す」3つの聖域
その神聖な力は、神話の世界だけでなく、境内での体験を通しても実感することができます。
- 方位石(古殿地):昭和初期まで御神座が置かれていた神聖な場所。
八角形の石に刻まれた方位に触れ、自分の進む道を見つめ直すことができます。 - 御神田:大切な稲を育てる田。
澄んだ空気の中で、日常の喧騒を忘れ、心を整えることができます。 - 佐瑠女神社:天宇受売命を祀り、良縁や自己表現、才能の開花を願う人々の心の支えとなっています。
神話が語る意味、土地の記憶、そして境内での体感。
それらが重なり合うことで、人生の転換期にある人が「自らの一歩」を踏み出すために、この神社は選ばれ続けています。



進むべき道は、すでに自分の心の中にあるのだと思います。
いざ決断の時が来ると、誰しも立ち止まってしまうものです。
そんなときは、猿田彦大神の力を借りてみてください。
大神はただ道を指し示すだけでなく、自ら前へ進もうとする人を、静かに後押ししてくれるはずです。
一歩を踏み出すとき、道は必ず開きます。
その決意を、大神は応援してくれます。
佐瑠女神社について


猿田彦神社の境内にある佐瑠女神社には、天岩戸神話で知られる天宇受売命(あめのうずめのみこと)が祀られています。
この神社が「縁結び」や「芸能上達」で信仰されてきた背景には、神話に描かれた天宇受売命の、魂を揺さぶるような力があるといえるでしょう。
天宇受売命とは
神話では、天照大御神が天岩戸にお隠れになり、世界が暗闇に包まれたとき、天宇受売命が明るく舞い、神々を大笑いさせたと伝えられています。
その笑いに心を動かされた天照大御神が岩戸を開き、世界に再び光が戻りました。
『日本書紀』には、その姿が次のように記されています。
手に茅纏の矟を持ち、天石窟戸の前に立たして、巧みに俳優す。
出典:『神話のおへそ』俳優の里 p.312
手に茅纏の矟を持ち、天の石窟の前に立って巧みに舞う姿から、「俳優(わざおぎ)」という言葉が生まれ、天宇受売命の舞は“芸能の神”の源となりました。
一方で、天宇受売命が示したのは芸能の力だけではありません。
天孫降臨の際、行く手を阻んだ猿田彦大神に、ただ一人恐れず「そなたは何者か」と問いかけ、道を切り開いた度胸を持つ神様でもあります。
この対話をきっかけに、二人はのちに夫婦になったと伝えられています。
天宇受売命は、瓊瓊杵尊と猿田彦大神の間の縁を取り持ち、天孫に随行した女神です。
その姿は、舞や表現のはじまりであると同時に、人と人との縁を結び、道をひらく力を示しています。
物おじしないその性質が、縁結びや芸能上達の信仰につながっていると考えられます。
佐瑠女神社のご利益


- 縁結び
- 芸能上達
- 技能上達
- スポーツ上達
- 鎮魂
舞や表現力を必要とする芸能人やクリエイターの方も参拝し、その才能を磨いているようです。
おもいきりのよい神様なので、本番で力を出す強さや、自分らしさを表現する力、見る人の心を動かす力を後押ししてくれるかもしれません。
八百万の神々を笑わせた神様なので、「誰かを笑顔にして幸せにしたい」という願いを持つ人を、最も応援してくれるように思えます。
縁結びのご利益もあり、芸能の世界に進む人も、新しい人間関係を築く人も、天宇受売命に応援してもらえるでしょう。
猿田彦神社・みちひらきの神に呼ばれる
御本殿裏手のパワースポット


佐瑠女神社でお参りを終えたあと、横にある参道が気になりました。
こういうとき、不思議と「神様に呼ばれているかな」と感じるときがあります。
「御神田」の案内板に導かれるように、静かな道を奥へ進みます。
誰もいない参道に少し不安を覚えながら角を曲がると、本殿の裏手に出ました。
さらに進むと視界が開け、御神田が目の前に現れ、その光景に思わず心が弾みました。


本殿の裏側で手を合わせると、背後の森から心地よい風が吹き抜けます。
ゆっくりと息を吸い、気が体に巡るのを感じながら、神様の気配を感じ取ります。
屋根を見上げると、金細工が輝く千木の向こうから、雲間を縫って太陽が顔を出しました。
そのやわらかな光を浴びながら、自然と心が満たされていきます。
表の賑わいから離れたこの場所は、時の流れが緩やかで、思わず身を委ねたくなるような「隠れた聖域」でした。


御神田と神殿の境界


御神田の前には小さい川が流れ、橋を渡って先へ進みます。
静かに流れる川は、本殿と御神田を隔てる境界のように映りました。
古から続く感謝の祈りが、今もこの場に生きているようで、時間の重なりを感じます。
毎年5月5日に行われる御田祭は、豊作を願って早苗が植えられます。
稲は古来より、人々の命をつなぐ大切な恵みです。
天照大御神は、瓊瓊杵尊が地上へ降りる際、高天原で育てた稲穂を託し、人々の暮らしが豊かになることを願ったと伝えられています。
川を越えた先の御神田には、古の祈りと神話の記憶が今も息づいています。
この場所では、猿田彦大神が守ってきた境界に思いを巡らし、時のはざまが静かに重なるのを感じました。


猿田彦神社の御田祭
| 日時 | 毎年5月5日 |
| 場所 | 猿田彦神社御神田 |
| 指定種別 | 無形民俗文化財 |
境内見どころ
最強のパワースポット「方位石」


境内の中央に、多くの人が集まる八角形の石柱があります。
それが、神聖な場所(古殿地)に位置する「方位石」です。
ここは神社の中でも特にエネルギーが高い場所。
触れ方に厳格な決まりはないようですが、自分の干支や縁のある方位の文字に触れるとよいといわれます。
ご利益
仕事や人生の「方向性」を定め、物事を良い方向へ導く。
猿田彦神社では、手水舎の柱や大鳥居、屋根の鰹木(かつおぎ)など「八角形」が用いられています。
八方へ神様の力が広がることを象徴しているといわれます。
金運を招く「たから石」


本殿近くには、金運を招くといわれる「たから石」があります。
正面から見ると、幸運を運ぶ「宝船」の形に見え、その上に「白蛇」が乗っているように見えます。
古来、白蛇は神の使いとされ、金運や商売繁盛の象徴です。
石からのエネルギーを感じながら、そっと手をかざしてみるといいですね♪
ご利益
金運・開運・商売繁盛
やさしい気が流れる「子宝池」


手水舎の奥にある小さな池は「子宝池」と呼ばれ、色とりどりの鯉が泳ぐ癒しの場所です。
池には、代々猿田彦神社に仕えてきた宇治土公家の産霊神が祀られています。
命を育む神聖な力が宿ると信じられてきました。
ご利益
子授け、安産
さざれ石とおがたまの木


さざれ石
「さざれ石」は国歌『君が代』にも登場し、日本人には馴染み深い石です♪
長い年月をかけて小さな石が一つに結びつき、大きな巌(いわお)になるといわれます。
ご利益:積み重ねてきた努力が形になる。
招霊(おがたま)の木
境内に凛と立つ「招霊(おがたま)の木」。
神霊を招き寄せる縁起の良い木とされ、日本神話では天岩戸の前で天宇受売命が踊った際、手に持っていたと伝えられています。
御朱印


猿田彦神社 基本情報
| 名称 | 猿田彦神社 |
| 所在地 | 三重県伊勢市宇治浦田2-1-10 |
| 電話 | 0596-22-2554 |
| 授与所 | 8:30〜17:00 |
| アクセス | 伊勢神宮・内宮駐車場から1km 徒歩15分程 |
まとめ
猿田彦神社は、伊勢神宮のほど近くに鎮座する、穏やかな空気に包まれた聖域です。
境内には、みちひらきの指標となる「方位石」や、神話の息吹を感じる「御神田」など、静かに自分自身と向き合いながら巡れる見どころが溢れています。
本殿で猿田彦大神に新しい道への決意を伝え、佐瑠女神社で良縁や芸能成就を願う。そんな風に、自分の心に寄り添いながら参拝できるのがこの神社の大きな魅力です。
伊勢神宮とあわせて訪れることで、この地に流れる神々の物語が繋がり、旅そのものがより深いものとして感じられるでしょう。
人生の節目に立ったとき。
新しい一歩を踏み出したいとき。
あるいは、ただ静かな時間を過ごしたいとき。
みちひらきの神・猿田彦大神は、あなたの決意にそっと寄り添い、進むべき道を照らしてくれます。
神話や祈りが息づくこの地で、新しい自分に出会うひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
猿田彦神社での時間が、人生をより輝かせる「みちひらき」となることを心より願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献







